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『かつサンド』発祥の店として有名な昭和5年(1930年)創業の老舗とんかつ店!【井泉 本店】(東京都文京区)

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本記事の内容は、確認時点(訪問日・更新日等)の情報に基づいています。メニュー構成や価格、営業時間、定休日などは変更される場合があります。最新の状況は店舗公式サイトやSNS、または直接の問い合わせでご確認ください。

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訪問日:2021年10月14日(木)

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井泉 本店

東京都文京区の湯島にある、「かつサンド」発祥のお店として有名なとんかつ店『井泉 本店』。

初代はお肉を叩き繊維を壊してから成形するという方法で、「お箸できれるやわらかいとんかつ」というキャッチフレーズを掲げたとんかつを考案し、昭和5年(1930年)に創業。

屋号は初代石坂一雄の画号から「井泉(セイセン)」と名付けたそうですが、いつの間にかお客さんからは「イセン」の名で呼ばれる様になり、やがてそれが屋号になったとのこと。

「かつサンド」は「とんかつ」をパンに挟んで手軽においなりさんや海苔巻感覚で食べられる様にしたらどうかという発想から、初代女将が考案したメニューだそうです。

創業当時、下谷の地は東京の花街として賑わっていたそうで、芸者衆の方々の口元が汚れないようにという気遣いから、パンを特注して一回り小さいサイズにして食べやすくしたとのこと。

時代と共に周囲は変わっていき、『井泉』だけが当時のまま下谷花柳界の面影を残す店の造りであったことから、川島雄三監督の目に留まり1963年の映画「喜劇 とんかつ一代」のモデルになったそうです。

二代目は昭和30年代にデパートへ出店し、40年代に入ってからは「暖簾分け」制度を開始。

暖簾分け店は「〇〇(地名) 井泉」という屋号で営業し、B5版の大きさの板に初代の書体(井泉)と二代目考案の豚さんマークに加え、漢文で屋号の使用を許可する旨が書かれてた「許可版」が置いてあるとのこと。

『井泉』で修業して独立したお店もあり、屋号は「〇泉」という名前であることが多いそうです。

暖簾分け店や独立店には「お箸できれるやわらかいとんかつ」のキャッチフレーズの使用を許可しているとのこと。

直営店は本店の他、上野の松坂屋南館地下1階、日本橋の高島屋地下1階に販売店があるそうです。

また『井泉 本店』は食べログのとんかつに百名店2017~2019年と2021年に選出されていました。

かつサンド発祥のお店としてとても気になり、今回初訪問。

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