訪問日:2025年11月13日(木)
薩摩蒸氣屋

鹿児島土産の定番になっている大人気商品「かすたどん」でお馴染み、鹿児島を代表するお菓子メーカーとして全国的な知名度を誇る『薩摩蒸氣屋』。
1964年に「月ヶ瀬」という屋号で創業したことが始まりで、1988年6月16日に法人化したことをきっかけに現在の社名に変更し、鹿児島市の繁華街・天文館にて『薩摩蒸氣屋』の1号店をオープンしたとのこと。
店名は薩摩伝統銘菓である「かるかん」など、鹿児島の郷土菓子には蒸したお菓子が多いことが由来で、旧字体の「氣」は老舗感を出したくて用いたそうです。
店舗は鹿児島県内を中心に宮崎県、福岡県にもあり、2025年12月に公式サイトを確認した時点で20店舗が掲載されていました。(その他店舗として福岡空港内・福岡三越内・博多阪急内にも売店があるとのこと)
また『薩摩蒸氣屋』は、延宝元年(1673年)創業の老舗で、伝統銘菓「鶏卵素麺」を製造・販売していた「松屋」が2012年に自己破産したことを受け、2013年に同社を買収して事業を継承し、現在は「元祖鶏卵素麺 松屋」の屋号で運営しています。
「かるかん」以外にも「げたんは」、「あくまき」、「文旦漬」など、鹿児島の様々な郷土菓子を販売しており、値段もお手頃なので、鹿児島を訪れた際はお土産を買いに必ず訪れるお店。
今回はお土産の購入と、看板商品である「かすたどん」をアレンジした「かすたどんパフェ」を食べてみたかったので、茶房を併設した『菓々子横丁』へ。
こちらは鹿児島市天文館の本通りアーケードに入って4軒目に位置する店舗。



店舗1階は約50mの長さがあり、和菓子・洋菓子・薩摩伝統銘菓と幅広い商品のラインアップ、奥には焼どうなつ実演販売コーナー、中央には癒しの滝が流れる広場があり、2階には「茶房 珈花子」や屋根裏ギャラリーがあります。
アクセス
場所は鹿児島市電「天文館通駅」から徒歩1分の近さ。
駐車場は無いので近隣コインパーキングを利用。
混雑状況
この日は平日の木曜日、お店には17時半頃に訪問。
この時売店も茶房もお客さんがチラホラいるくらいで空いていました。
メニュー・商品ラインアップ



今回は茶房で『かすたどんパフェ』と『知覧深むし茶』を注文。




売店では『げたんは』、『あくまき』、『文旦漬』をお土産に購入し、旅行から帰ってからいただきました。
感想

【かすたどんパフェ】650円(税込)
【知覧深むし茶】300円(税込)

「かすたどん」は鹿児島産の卵を使ったカスタードクリームをスポンジで包み仕上げた蒸し菓子。
カットしたかすたどんに、プチウェファー、さくらんぼ、生クリーム、柑橘などをトッピング、下には3種類のアイスクリーム(バニラ・抹茶・マロン)と白玉、粒あんが入っていました。
「かすたどん」はふんわりとしたスポンジに、少しプルンとモッチリした濃厚なカスタードがとても美味しくて、単体で食べてもいつも絶品。
パフェとしてクリームやアイス、粒あんに絡めて食べても、何にでも合う相性の良さ。
アイスクリームもどれも濃厚で激うま、このボリュームで650円はかなりお手頃価格の印象です。

『知覧深むし茶』は最初に2杯分のお湯が提供され、おかわりが1回出来るので、合計3杯分楽しめます。
1杯目は重厚でまろやか、苦味はほんのりとマイルドで風味豊か。
2杯目はコクもありつつやや苦味が際立ち、3杯目はすっきりしつつも深みのある味わいで、それぞれ味の違いを楽しめました。


【げたんは】460円(税込)
げたんはとは
「げたんは」はかつて米の集荷地であった横川町(現・霧島市)に集まる人をもてなすためのお茶うけとしてつくられた鹿児島の郷土菓子の一つ。
小麦粉、黒糖、重曹をあわせて焼いた生地に黒糖をしみ込ませて作られる、生地にも周りのコーティングにも贅沢に黒糖を使用することが特徴。
独特な名前は汚れた下駄の歯に似た見た目であったことが由来といわれており、当時は「三角菓子」とも呼ばれていたそうです。
琉球王国を支配していた薩摩藩が、琉球や奄美地域で行われているさとうきびの栽培や黒砂糖の製造を独占し、薩摩藩の有力な財源としていたことがきっかけで、鹿児島県において黒糖が甘味料として強く根づいたのは江戸時代といわれています。
年貢を米から当時非常に高価だった黒糖で代納させ、黒糖を独占することで財政は一気に回復。
一方島民は黒糖の生産を優先せざるを得なくなったため、日々の食糧の生産に手が回らなくなり、「黒糖地獄」と呼ばれる過酷な状況になったそうです。
このような歴史から鹿児島県では黒糖が浸透し、それに伴って黒糖を使った様々な郷土料理が誕生したそうで、菓子類では「ふくれ菓子」や「げたんは」などがあるとのこと。
昭和20年代までは大隅横川駅周辺の菓子屋を中心に作られていたそうですが、山ケ野金山の閉山などに伴って町は賑わいを失い、作り手が減少していったとのこと。
しかし平成16年に横川町食生活改善推進員が再現したことをきっかけに、再び鹿児島の郷土菓子としての地位を確立したそうです。
『薩摩蒸氣屋』で購入した商品ですが、製造元は「株式会社南海堂」という鹿児島市の会社。


「株式会社南海堂」の「げたんは」はお土産店でもお馴染みで、本来の「げたんは」はこっちの三角形のイメージです。

サクサクホロホロの食感で、芳醇でコクのある黒糖の味わいをこれでもかと堪能できる、とても力強い味わい。
黒糖好きにはたまらないクセになる美味しさ、鹿児島の郷土菓子の中でも「げたんは」は特にお気に入りです。




【あくまき】550円(税込)
あくまきとは
「あくまき」は主に端午の節句で食べられる鹿児島県独特の餅菓子で、「ちまき」とも呼ばれているとのこと。
艶やかなべっ甲色ともちもちとした食感が特徴で、きな粉や黒糖、白砂糖など、好みのものをかけて食べられます。
もち米を木や竹を燃やした灰からとった灰汁(あく)に浸した後、そのもち米を孟宗竹(もうそうちく)の皮で包み、薄めた灰汁で数時間煮込んで作られるそうです。
灰汁に含まれるアルカリ性物質がもち米の繊維を柔らかくすると共に、雑菌の繁殖を抑えて長期保存が可能になるとのこと。
もち米を灰汁に浸した調理法は遣唐使によって伝えられたといわれており、種子島の「つのまき」や坊津の「唐人巻き」、近県である熊本県・宮崎県の一部にも広まっているとのこと。
また山形県や新潟県の「笹巻き」にも見られる特徴であり、北前船による交流によって伝わったと考えられているそうです。
「あくまき」は1592年の朝鮮出兵や、1600年の関ヶ原の戦いの際、薩摩の島津義弘が日持ちのする食糧として持参したのが始まりという説があり、保存性が高いことと腹持ちの良さから、薩摩の戦陣食として長く活用され、西郷隆盛も西南戦争で食べていたといわれています。
そういった背景から、男子が強くたくましく育つようにという願いを込めて端午の節句に食べられるようになったとのこと。
こちらは「迫田食品株式会社」という霧島市の会社が製造元になります。
砂糖入りきな粉が付いているので、これをかけていただきました。
もっちりとした粘りのある質感で、単体では甘さはなく、お餅の風味をベースに灰汁由来と思われる独特な風味が広がります。
なかなか他にはない不思議な味わいですが、砂糖入りきな粉との相性も良く、美味しかったです。


【文旦漬】540円(税込)
文旦漬・ざぼん漬とは
鹿児島県に伝わる郷土菓子の一つ「文旦漬」。
「文旦」は大きな果実が特徴の柑橘類で、「文旦漬」は黄色い表皮を薄くむき、厚い中果皮をじっくりと糖蜜で煮詰め、砂糖をまぶしたお菓子。
「文旦」の原産地は東南アジアや中国方面といわれていますが、日本には江戸時代の1688年(元禄元年)から1780年(安永9年)の間に伝来したとされています。
中国の商船が難破し、鹿児島県・阿久根に漂着した際、地元の人に助けられた船長の謝文旦から朱楽(しゅらく)と白楽(はくらく)の2種の柑橘が贈られ、その後それらの品種改良が進み、開発されたものが「文旦(ぶんたん)」(阿久根市では「ぼんたん」)と名付けられたとのこと。
明治時代には文旦の魅力を多方面に伝えられるように「文旦漬」が作られたといわれています。
鹿児島市の文旦堂の初代坂之上次助さんが1869年(明治2年)に初めて商品化した説や、川内市の笹野仙助さんによって作られたのが始まりという説もあるとのこと。
文旦は「ざぼん」とも呼ばれることから、各地では「ざぼん漬」としても親しまれており、鹿児島以外では長崎県各地や大分県別府市などで名物になっています。
こちらは「泰平食品有限会社」という阿久根市の会社が製造元になります。
青切という若いボンタンを摘果してまるごとスライスしたものを使用しており、表面はシャリシャリとした歯応えのある食感。
砂糖たっぷりなので甘さはしっかり利いているものの、青切文旦ならではの爽やかな風味が広がり、後味はとてもさっぱりと上品。
どのお菓子も美味しかったです!
今回食べたもので『薩摩蒸氣屋』が製造しているものは「かすたどんパフェ」だけでしたが、「かるかん」、「かるかん饅頭」、「焼どうなつ」など、お気に入りのお菓子がたくさんあり、本当に大好きなお店です。
ご馳走様でした!
公式サイト等
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食べログ
薩摩蒸氣屋 菓々子横丁
099-222-0648
鹿児島県鹿児島市東千石町13-14


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