訪問日:2021年5月9日(日)
白河ラーメン
福島県白河市のご当地ラーメン「白河ラーメン」。
明確な定義というものは無いようですが、大きな特徴としては豚骨や鶏ガラを主体とした醤油ベースの澄んだスープに、多加水の幅広縮れ麺の組み合わせ。
伝統的には木の棒で麺を打ち、包丁で切り出して、手揉みで縮れを付けるという手打ち麺のスタイルですが、近年は減少傾向にあるとのこと。
具はチャーシュー、メンマ、海苔、ナルト、ホウレンソウなどが中心で、チャーシューは縁を食紅で塗り、炭火で焼いてから醤油で煮るスモーキーなタイプが多いそうです。
白河市は現在人口が6万弱くらいでありながら、市内には100軒近くものお店があるといわれており、全国屈指のラーメン処。
白河は信州、出雲、盛岡と並んで「日本四大そば処」の一つに数えられており、200年以上前に藩主の松平定信が冷害に強いそばの栽培を奨励したことがきっかけでそばが根付き、主食として麺を食べる文化が浸透していったといわれています。
白河ラーメンの元祖といわれているのは、大正10年(1921年)に開店したというお店「亀源」。
初代の木伏源兵衛さんは明治中期に汁粉屋「亀屋」を開いたそうですが、夏場に客足が落ちることから、二代目である木伏源松さんは年中店を繁盛させようと横浜で修業を積み、名前の一文字を店名に用いた手打支那そば店「亀源」をオープン。
「亀源」は40年ほどで閉店したそうですが、十数軒の白河ラーメンの指導を行ったことから、「茶釜本店」などその味を受け継いだお店が存在しているとのこと。
福島県白河市本町には「白河ラーメン元祖 亀源跡」という看板が建てられているそうです。
昭和20年代には白河に映画ブームが訪れ、見終わった後に中華そばを食べるのが流行になり、中華そばを出す屋台が増えたとのこと。
飲食とは関係ない業種からも中華そばを始めるお店が増えていき、当時運送業だった「菊忠運送」は乾麺を作り始め、木伏源松さんと親類関係にあったことから「菊忠食堂(現:白河中華そば 菊忠)」をオープン。
この時期にはそば打ちの技術を応用して作り始めたという、白河ラーメンの特徴の「手打ちの縮れ麺」も誕生。
白河ラーメンのトッピングに多いというワンタンを乗せるようになったのもこの時期で、「まるい食堂」というお店が始まりといわれています。
特に白河ラーメンを広めた立役者といわれているのが、「まるい食堂」で修業をしたという竹井寅次さんが昭和48年(1973年)に創業した「とら食堂」。
こちらのお店が特に美味しいと評判になり、教えを請う人に惜しみなく伝えたことから、数多くの弟子を輩出し、白河ラーメンのスタイルがどんどん広まったそうです。
歴史については色々なサイトでまとめられていましたが、どれも微妙に情報が異なるので、真偽はよくわかりません。
白河中華そば 菊忠

今回訪れたのは、福島県白河市北中川原にある『白河中華そば 菊忠』。
白河に数多くあるラーメン店の中でも、2番目に古いという老舗で、創業は昭和27年(1952年)と看板に書いてありました。
白河ラーメンの源流をたどる上で欠かせない、重要なお店の一つという印象で、今回初訪問です。
アクセス
場所は白河駅より徒歩20分弱の距離。
駐車場もお店周辺にありました。
混雑状況
この日は日曜日、お店には11時45分くらいに訪問。
この時ちょうど満席だったので、少しだけ待ち時間がありました。
メニュー・商品ラインアップ

初訪問なのでまずは基本のラーメンを注文。
感想

【ラーメン】650円(税込)
表面は油膜が張ってペタペタとしたオイリーな口当たりですが、芳醇な鶏の旨みが広がり、味付けは結構優しめであっさりといただけます。

麺はピロピロした白河ラーメンらしい独特な形状の太縮れ麺で、プリプリモチモチの食感。
チャーシューは縁がうっすら赤く、少しかための食感でしたが、燻製的な香ばしさがあって美味しかったです。
訪問時は知らなかったのですが、お店のおすすめメニューはオリジナルの一品でテレビでも取り上げられたという「肉味噌ラーメン」だったようです。
次回はこちらをいただきたいと思います。
ご馳走様でした!
公式サイト等
https://www.instagram.com/kikuchu.2024
食べログ
ラーメン処菊忠食堂
0248-23-2829
福島県白河市北中川原146

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